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2018.11.07.

人は何故怒り炎上にいたるのか?

最近では、本当に炎上というものが多くなっています。炎上しても仕方のないようなことから、「そんなことで!?」と思えるような些細なことまで炎上のきっかけとなるのは実にさまざまな出来事です。炎上というのは多くの人の怒りが集まって起こる現象とも言えるのですが、なぜ人は怒り、炎上に至ってしまうのでしょうか?ここでは、改めて炎上というものについて分析していきたいと思います。

 

インターネットの匿名性が人を強気にさせる

 

基本的に炎上というのは、インターネット上で起こるものです。もちろん、日本でもデモなどはおこなわれるようになっていますが、炎上といえばもっぱらインターネット上でのことを指します。

 

インターネットというのはとても便利なものではあるのですが、その匿名性ゆえに人を強気にしてしまう部分があります。基本的にインターネット上に書き込みをする場合というのは、匿名でおこなおうとすれば匿名でいくらでも書き込みができるようになっています。SNSなどでも架空の人物になりきることができますし、なりすましといったことも可能です。インターネットというのは自分というものを隠した状態で、言いたいことだけを発信できるツールでもあるのです。

 

例えば、飲食店でのスタッフの対応が悪かったとしましょう。そのスタッフと対面した状態では、言いたいことも言えないまま泣き寝入りという形になることもあるかもしれません。しかしながら、自宅に帰ってからその飲食店のホームページを探し、その問い合わせ窓口に匿名で言いたいことを書き連ねて送信するといったことであれば難なくできるのではないでしょうか?もちろん、一度冷静になっているからこそ言葉が出てくるという部分もあるかもしれませんが、匿名性が守られているからこそ強気に出られるという部分もあるのです。

 

これによって、些細なことでも強い口調で非難できるようになってしまうのです。ちょっとでも気に入らないことがあれば、匿名性が保たれたまま言いたい放題できるというわけです。我慢する必要がなくなったとも言えます。これによって、誰もが怒りやすくなっているという部分はあるでしょう。

 

多様性を受け入れられないから相手を非難する

現代人は、多様性を受け入れられなくなっています。白か黒かという極端な考え方になっている方が多く、自分と同じなのかそれとも自分とは違うのかといった見方をするケースが増えているのです。本来であれば自分とは違う意見や考え方が山ほどあって当たり前なのですが、それを受け入れられなくなっています。

 

自分の意見や考え方が正しくて、それとは異なる意見や考え方というのは間違っている……だからこそ、相手を簡単に非難できるのです。もちろん、実際に間違った意見や考え方というのもあるかもしれませんが、なぜそういう意見や考え方に至ったのかという背景といったものを知ろうとする姿勢は大切です。

 

ただ、現代人は知ろうとすることもなく、自分とは違う意見や考え方だから頭ごなしに否定して、非難し、そういった中で怒りが生まれてしまうのです。これは自分の意見や考え方に同調しないことへの怒りとも言えるでしょう。

 

裁きを通して自分の優位性を確保したい

炎上しても仕方がないような出来事も確かにあります。どこかの見知らぬ誰かが事件を起こせば、すぐに個人が特定されて炎上するような時代です。ただ、このときにほとんどの方が無意識のうちに裁きを下しているかのような感覚になっているものです。

 

もちろん、おかしなことがあれば「それはおかしい」と主張するのは悪いことではありません。しかしながら、どこの誰とも知らない相手が間違いを犯したからといって裁きを下すのはお門違いです。

 

基本的に人間というのは誰もが誰かを裁くような立場にはありません。間違いを犯したことのない人間は誰もいないということを考えれば、これは当然のことです。ですが、裁きを通して自分の優位性といったものを確保したいという気持ちがあるからこそ、自分とは関係のないような出来事でも裁こうとするのです。

 

炎上させることで満たされない心を埋めようとしている

現代人はインターネットの匿名性から我慢がきかなくなり、自分とは違うものを否定し、少しでもおかしなことがあればそれを断罪しようとするようになってしまいました。しかしながら、これらはインターネットのせいというわけではありません。

 

もちろん、インターネットがそういった傾向を助長している部分はあるものの、現代人の根本的なところに満たされない心があり、それが炎上につながっているのです。炎上させることによって自分以外の誰かを不幸にし、自分がそれよりもマシである、幸せであると納得させようとしている部分もあるのではないでしょうか?


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